徒然に 更新10.21

京都本山参詣

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本元寺同朋の会は副住職と坊守に任せ、本山報告法要に参詣した。

京都泊し、参詣の後、都の秋を探してみた。洛中の寺社仏閣(写真左勧修寺右今宮神社)、街の小路と。しかし殆ど紅葉は見られない。少し気落ちした私に清沢満之の言葉が思い出された。

「君は桜を見ぬと春を楽しめぬのか、紅葉がないと秋が分からぬか。」

御影堂に戻り聖人に正対した。凛とした澄んだ空気は秋そのものだ。

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十一月二十八日聖人御命日報恩講、真宗門徒の秋の盛りは直ぐ其処である。

30.10

 

「善導独明仏正意」

1. 念仏の道は仏の真実の言葉に触れることから始まる。仏法は人の分別を越えて毛穴から入る。

真宗の教えは先ず、経文や正信偈に声明で親しむことから始めますが、これは、一番難しいこと(解らない言葉)を出発点にしているということです。

通常の学習は、易しいものから難しいものへと進みますが、善導大師は今生の仏道の学びに於いて、それでは間に合わない、と云われます。

「一番難しい、一番大切な問題から挑みなさい」と。

巷間、たとえば、骨董の世界では、修行中の弟子に、はじめに最高の本物に触れさせるそうです。真偽も判らぬ者に、先ず、本物を教える、という方法です。審美眼が、知らず磨かれるのです。

2. 善導大師、他宗より論難を被る。

  (1)「願生彼国 即得往生(念仏を申すときただちに往生す)」(大経巻下)とあるが、即時ではなく別時ではないか。

  (2) 念仏者(まことの信心の人)は摂取不捨であるのに、他宗の衆生は救われないというのは、一切衆生を救わんという願心と矛盾しないか。

善導大師は、著作「観念法門」の中で、たしかに、「総不論照摂 余雑行行者(雑行雑修の人をばすべてみなてらしまもりたまわずとなり;聖人註)」、と云われています。

これは、「方便随順」という、念仏に反する人に教えを押し付けない、不信の人にはあえて念仏を露わにしない、という考えを表明しているものなのです。念仏者以外は助からないという事ではありません。

3. 善導大師の立場は「方便」

「方」は正面から向かうこと、「便」は己の外に立って相手の土俵に乗ることを、それぞれ意味します。自らの考えのみを主張するのではなく、相手と向き合い彼の言い分を認めることで、真実に迫ることを方便と云います。

善導大師は、2-(1)の論難に対して、多くの念仏者が即得往生していないことを認めた上で、真実の教えを「観無量寿経」に見出します。

「若有衆生 願生彼国 発三種心 即便往生・・一者至誠心 二者深心 三者回向発願心」(三種類の真実の信心をおこせば、すなはち直ちに往生が叶う)(観経)

 念仏者すべてが即得往生とならないのは、この観経の上品上生に説かれる三心を具備していないからだ。しかし、念仏往生は上品上生から下品下生まで九種あり、上品上生以外では三心がなく即時ではないが、念仏往生は真実である、と明らかにされます。

そして、この「方便」の立場が、2-(2)の論難に対する答えにもなっているのです。

「総不論照摂 余雑業行者」(念仏を不信の人に押し付けない)という教えは、不信の人を切り捨てるのではなく、不信の人との縁(論難)があってはじめて真実信心を得たのだ、と一切衆生を尊ぶのです。

こうして、善導大師は、大経の教え(即得往生)を深めた観経の三心の教え(即得往生には三心が必要であるが、不信の人も別時に往生できる)に到ることができました。

論難を通じて、現生の即得往生における三心の教えについて、善導大師が初めて明らかにされたことを指して、聖人は「正信偈」で、「善導独明仏正意」と詠われたのです。

その教えは、「先ず念仏申せ、仏法を聴聞せよ、たとえ解らなくとも不信であっても、仏の正意は毛穴から入り身に成るぞ。」というものでした。

30.5
 

 

「天上天下唯我独尊」

天にも地にもただ我ひとりにして尊し

さるご夫婦は、亡き子の月命日参りのみならず毎年四月初旬、祥月命日法要を拙寺で勤められます。お子さんは私の長男と同学年であり、桜の咲く頃、七歳で遷化されました。

親は子の成長に一喜一憂し、様々な期待や希望を抱くものですが、夭折した子には叶わぬ夢です。しかし、人生を完結出来なくても、そのいのちの尊さに変わりはありません。

ご夫婦は亡き子への追慕のみで過ごされてきたのではなく、下の子を大切に育てつつ、家業に打ち込まれてきました。

それでも、必ず思い出されるのです、毎年の祥月命日に亡き子のいのちの呼びかけを。

無条件に尊いいのちとして、我が子を慈しむ姿がそこにはあり、その無条件のいのちの尊さを、釈尊は「唯我独尊」と宣われたのです。

30.4

 

「思いを表す」

近くの交番に国旗が掲揚されていた。
「祝日でもないのに」とよく見ると半旗である。

三月十一日、東日本大震災の日である。朝から各メディアも、弔意と応援の思いを報道している。この尊い犠牲から教えられた記憶を風化させまいと。
大震災を忘れずに、弔意や応援の思いを表すという営みは、私たち一人ひとりにできる継続支援の一歩でもあろう。

私は先ず、お内仏に手を合わせた。

30.3

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「梅の花は春の当来を告げる」

それは「信心歓喜」の姿である。

冬の厳しい寒さが続く二月中旬に、境内の白梅は咲きました。まだ春は来ていませんが必ず来ること、春の「当来」を告げているのです。
仏の功徳、利益には「現益」と「当益」があります。仏の利益と云うと現益(現世利益、今救われる)のことであると多くの方は考えられておられるようですが、念佛の利益は当益(必ず救われるときが訪れる)です。それは、冬の寒さの中に在っても、春の当来を約束してくれる梅の花に喩られます。必ず春が来ると確信できた時、冬の寒さの只中にも、辛いだけではない味わいが湧いてくるものです。

信心は、「必ず一切衆生を救わん、念佛申せ」という誓願のもと、阿弥陀(無始よりこのかた受け継がれ私を生かしているいのち)と私とが約束し、念佛申す身となることです。
信心賜った(阿弥陀の心に目覚めた)時、流転していたいのちは冬の寒さの中であっても春の当来を確信し、歓喜するのです。

因みに聖人は、当来するものを「歓ぶ」、現来したものを「慶ぶ」と厳密に使い分けられています。

30.2

 

「人としての悲しみを知らないものは、
 人としての喜びを知らない」(金子大榮)

人としての悲しみとは、受け難くして受けた人生であるのに、浄土往生の道を歩まず、阿弥陀に背をむける姿。
往生は生まれ変わること、生き方が変わること。
一生懸命生きているのに、それが知らず知らず浄土へ阿弥陀へ背を向ける生き方になっている(罪悪深重の身である)ことを、
人としての悲しみといいます。しかし、悲しみを知る(罪悪深重の身に気付く)ことで一切衆生を救わんという願心に目覚め、浄土を目指す歩みが始まります。

背き続けるこの私を、それでも見捨てずに生かす阿弥陀のいのち、照らし続ける阿弥陀の願心に出遇えたとき、すなはち浄土に真向かいになれたとき、人としての喜びを知るのです。
そして、人としての喜びを知る人の歩みは、後に続く人々の人生を照らし導くのです。
聖人は、人としての悲しみを知る歩みを往相、人としての喜びを示す(仏となる)歩みを還相と云われます。
人としての悲しみを教えてくだされた人生を歩まれたのが聖徳太子。
人としての喜びを教えてくだされた人生を歩まれたの
が七高僧です。

30.1

 

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